オオカミの呼ぶ声 番外編SLK 第6話 SLK4-2生誕祭


スザクが妙に渋るので、仕方なく裏口から出、山林を通り抜け、酷く遠回りをしながら紅月家に着くと叔母さんとお婆さんが笑顔で出迎えてくれた。
流石に自分ひとりで浴衣を着る事は出来なかったため、着替えを手伝ってくれることになっていた。
カレンは叔母さんが別室へ連れて行き、お婆さんが僕の着付けを手伝ってくれた。スザクは普段から着物は着なれている為、さっさと一人で着替え終わり、お婆さんと一緒に僕の手伝いを始めた。
着なれない浴衣はどうにも動きづらいのだが、今日は我慢だと二人にされるがまま着替えを終えた。

「うん、いいな。ルルーシュに似合ってる。いつも白が多いけど、黒も似合うんだな」

着替え終えた僕に向かい満面の笑みでそう言うスザクに、先ほどの不機嫌さはもう無いようで、ほっと胸をなでおろした。

「スザクも良く似合っているよ。良かった、結局今日まで合わせられなかったから不安だったんだ」
「そうか?着心地もいいしサイズもぴったりだ。ありがとうルルーシュ」

幸せそうに微笑む姿に、供物としてスザクから合格点をもらえたことが解った。
なにせ一番の不安点はスザクに受け入れられるかどうかだったから、これもクリアでき、僕の不安材料は消えた。

「おまたせー!あ、スザク似あってるじゃない。ちょっとカッコいいわよ」

可愛らしく髪も結い上げ、飾り帯も締めたカレンが元気よく部屋へ入ってきた。

「ちょっとって何だよ。ちょっとって」

カッコいいという言葉は嬉しいが、その前についた言葉が気に入らないらしく、スザクは不貞腐れてそう口にした。

「ちょっとはちょっとよ。あんたはどっちかっていうと可愛いだから、仕方ないでしょ。でも凄いわよねルルーシュ。きっちり仕上がってるもの。おばあちゃん凄く感心してたのよ。お針仕事初めてとは思えない仕上がりだって」
「僕はただ言われたまま縫っただけだよ。お婆さんの教え方が上手くて助かったよ」
「あんたホント器用よね。女子力高すぎ」

炊事・洗濯・料理。そしてこれで裁縫も増えた。

「女子力か、本来それはカレンが持つべき・・・いや、何でもない」

思わず本音が口をついてしまい、カレンに睨まれてしまった。
流石にまずいと思わず目を逸らす。
すると、カレンは僕の頭から足までをじっと見つめた後、腰に手を当てた。

「あんたは落ち着いた柄なのに、やっぱりカッコいいじゃなく可愛いのよね。まあ、生地がどちらかといえば女の子向きだって言うのもあるけど・・・女の子に見えるわよ。ってか凄く可愛い」

その辺の子に負けないわね。と、頷きながらそう言うカレンに思わず眉を寄せると、隣にいるスザクまで大きく頷いていた。

「待て、なんで頷くんだスザク」
「いや、やっぱり可愛いよなって思って。なあカレン。お前の頭に着けてる飾り、他にないのか?」

カレンの髪を結いあげている可愛らしい花飾りを指さしながらスザクは尋ねた。滅多に見ない飾りだから興味があるのだろうか?
それにしても華やかな飾りだ。ナナリーに着けたらきっと可愛いだろう。

「あるわよ?やっぱり着けたいわよね」
「着けよう。絶対似あうから」
「待て二人とも。どうして僕を見ながらそういう会話をするんだ」
「だってルルーシュに髪飾りをつける話だもの」
「は?なんで僕が」
「カレン、どこにあるんだ?」
「今持ってくるわ。どうせだからお母さんに頼んで髪も結い上げちゃいましょう。きっと可愛いわよ」

僕の否定の言葉は完全に無視し、二人は楽しげに準備を進めた。



縁日は大盛況だった。
予想を上回るほどの人がやってきて、どの店も人手が足りない材料が足りないと皆嬉しい悲鳴を上げ、活気に満ちていた。
ナオトも玉城も扇も、若者は皆祭りを楽しむ側ではなく、運営する側に回されたらしく、忙しく走り回る姿が見えた。だが、皆その顔に笑顔を乗せていて、見ているこちらも嬉しくなる。それは大きくなったら私もあちら側に回りたいと思えるほど。
そんな姿を本来なら楽しく見物できるはずなのだが、残念なことに今はそんな気分にはなれなかった。
いたるところに掲げられた神に対する注意書きのおかげで、馬鹿な事をする者は居なかったが、好奇心いっぱいの瞳でスザクを見る者たちが私たちを取り囲んでいた。
嫌な目だと、思わず私は目を細めた。
成程、スザクはこれに気づいたから嫌がったのだと、ようやく私は理解する。
ルルーシュも当然気づいていて、不愉快そうに眉を寄せた。
最初は可愛らしく着飾った私と、女の子と言われても疑う余地のないほど可愛らしい姿のルルーシュに気をよくしていたスザクだったが、会場が近付くにつれ、表情が暗くなっていくのが解った。
それに気づいたルルーシュと私がスザクの手をそれぞれ繋いで、正に両手に花状態で歩いていたのだが、それでもスザクの気分を上向かせるには足りないらしい。
伏せられた耳というのは恥ずかしいらしく、スザクはどうにか耳を立てたまま、しっかりと正面を向いて歩いているのだが、その顔はこわばっていた。スザクの誕生祝いなのに、スザクに嫌な思いをさせている。どうしよう。私はスザクの逆隣にいるルルーシュに視線を向けると、ルルーシュは不愉快そうに目を眇め、辺りを見回していた。

「スザク、あれは?」

その声に、私もスザクも視線をそちらに向ける。
ルルーシュが指をさしたのは林檎飴の屋台。

「りんごかあれ?」
「林檎飴よ。しらないの?」
「「知らない」」

見事にマモった二人に思わず噴き出し「じゃあ、食べましょうよ」と、出店に向かった。
神の邪魔をしてはいけない。むやみに声をかけてはいけない。写真などの記録を収めてはいけない。だから皆、スザクの通り道を自然と開けてくれる。

「あら、店番玉城なの?林檎飴頂戴」
「おう、カレンじゃねーか。スザクとルルーシュも一緒か。ってかルルーシュ何だその格好。お前女にしか見えねーぞ?」

後で記念に写真撮らせろよなと笑いながら言う玉城に、ルルーシュは不貞腐れたように顔をそむけた。

「・・・スザクとカレンがやったんだ。断じて僕の趣味ではない」

顔を赤らめながら言う可愛らしいルルーシュのその反応に、スザクの顔にもようやく笑みが浮かぶ。

「で、何本だ?ああ、縁日の出店はどの店もお前たちからは金を取らないってことになってんだ。好きなだけもってけ」
「え?ホント?やった!じゃあ、私苺飴と林檎飴!」
「苺もあるのか?」
「ルルーシュ苺好きだよな。じゃあルルーシュは苺と・・・それ何だ?」
「葡萄、蜜柑、杏だ。どうせだから全部くうか?スザクなら食えるだろ」

そう言うと、玉城は返事も聞かずにスザクに「ほらよ」と差し出した。
とはいえ、両手を繋いでいる状態で持てないため、ルルーシュはスザクと繋いで居た手を解くと、スザクと腕を組む形を取った。

「そうだ、教えてくれないかな。確か大量に売れるからって仕入れたアレはどの店に?」
「んアレ?あー、アレか?まあ、思ったより売れてないみたいだけど、どうかしたのか?」
「いや、売り上げに貢献しようと思って。だから協力してくれないか?」

そう言うと、ルルーシュはスザクの腕から離れ、玉城の傍へ行くと何やら耳打ちをした。玉城は「何だそんなことか。任せろ」と言って、隣の店の叔父さんに少しの間店番をお願いすると、出店の裏へまわり何処かへ行ってしまった。

「じゃあ、僕たちも移動しようか」

スザクの腕に手を伸ばし、ルルーシュはにっこりと可愛らしい笑みを浮かべた。
でも、この笑顔、絶対何か企んでるわよね。
きっとこの嫌な視線の関する事。ならばルルーシュの望む方へ動くべき。
私たちはルルーシュに促されるまま出店を回った。
少し進んだ先にある、子供用のおもちゃが並べられた出店の前には、見知った小学生がたくさん集まっていた。
私たちが近付くと、出店の店主がにこやかな笑みを乗せ「やっと来たか」と声を掛けてきた。

「お兄ちゃん、このお店にいたんだ」

この出店の店番は兄ナオトだった。
にこにこと笑顔で小学生たちの相手をしていたが、その手を止め、何やら箱から取り出した。

「これでいいのかなルルーシュ君。っと、手が塞がっているようだから着けてあげるよ」

と、ナオトがルルーシュの頭に着けたのは真っ黒い猫の耳。
見ると出店の一角にずらりとカチューシャに付けられた耳が何種類も並べられていた。
どうやらこれが、噂の大量に仕入れたアレの正体のようだった。

「ありがとう。カレンもお願いします」
「ああ。カレンはこれが似あうと思うんだ!」
「ウサギはいらないです。犬か猫で」

ナオトが手にしたのは真っ白い兎耳。だが、ルルーシュにあっさり却下され、渋々ルルーシュとは色違いのピンクの猫耳をつけてくれた。

「ああ、可愛い!可愛いぞカレン!!あとで写真撮ろうな!!」

シスコンでもある兄ナオトは、若干興奮しながらもいい笑顔でそう告げた。

「お兄ちゃん、恥ずかしいから大声で言わないでよね」
「いいじゃないか。カレンが可愛いのは本当の事だ。それに、これでおそろいだろ?」
「おそろい?」
「スザクと」

その言葉に、私はルルーシュの頭を見た。
黒猫の獣耳。
スザクは狼の獣耳。
私はピンク猫の獣耳。
確かにおそろいだ。
スザクも気づいたらしく、目を瞬かせた後、嬉しそうにその顔に笑みを乗せた。
ルルーシュの「スザクとおそろい」と言う言葉は、周りにいた子供たちの耳にももちろん聞こえていて、自分たちもスザクと一緒がいいと、自分の小遣いで、あるいは傍にいる親にねだり、獣の耳がついたカチューシャは飛ぶように売れていった。
良く見るとこの出店の逆端には玉城が居て、満面の笑みで「まいどありー!」と、カチューシャを売りさばいていた。
成程、これが売り上げに貢献という話かとようやく理解した。
見る見るうちに台の上のカチューシャは減り、段ボールから次々出されていく。
そんな光景を少しの間見た後、ルルーシュの手に引かれ別の出店に移動した。
そこはお面が並んだお店。
ルルーシュの性格から考えれば買うとは思えない物だったが、真剣にどれがいいか悩んでいるようだった。
ならば先手必勝!

「おじさん、わたしそれ!」

今人気の戦隊ヒーロー物のリーダー、アカツキレッドを指さすと、スザクも狙っていたのか「あ、ズルイ!」と言ってきたが、早い者勝ちだ。
何より赤は私の色。譲るつもりはないの。
するとルルーシュは手にしていた苺飴をスザクに預け、私のお面を手に取ると、私の頭の横に乗せるようにつけた。先ほどつけたピンク耳が片方隠れる形になる。

「じゃあ俺、グリーン。ルルーシュはブラックな」

スザクは勝手にルルーシュのも選ぶと、おじさんは笑顔でそれらを差し出す。
ルルーシュはそれらも手に取るとスザクにも同じようにつけた。
狼の耳が片方それで隠れる。
ルルーシュも同じように着けると、付いて来ていた子供たちもまた真似を始めた。
スザクと一緒がいい。
僕にも、私にも。
私たちをたくさんの子供が取り囲み、赤と緑を中心にお面が飛ぶように売れる。
そして私達と同じように、獣耳が片方隠れるように頭に着けた。
暫くそんな子供たちに囲まれた後、ルルーシュは再び私たちの手を取り、一度出店の裏側に回ると、今来た道を引き返し、再び出店の入り口に舞い戻った。
そこでようやくルルーシュの意図を私は理解した。
だれも、こちらを見ないのだ。
もちろん私たちの顔を知る者たちは顔を向けるが、むやみに声は掛けられない。
そう言う決まりだから。
だから知らない人は気づかない。
気づけない。
だって私たちは三人とも獣耳をつけ、お面を頭に乗せている。
彼らの知識では、スザク一人が獣耳。
私の耳はあからさまに作りものと解るピンク色だから、子供がスザクの真似をして耳をつけているとそう勘違いする。
そして大人の視点から見えるのは私たちの頭。
つまり私たちのお面。
そちらの印象が強くてスザクは見えない。
その上、これからこんな姿の子供たちがたくさん見られるのだ。
それに、彼らの口から「もっと奥のお面の出店にいるらしい」という言葉まで出てきているから、まさか入口に戻っているなんて考えもしない。
更に言うなら赤髪の少女と黒髪の少年が一緒に居ることになっているが、どう見ても今日のルルーシュは女の子。それもまた目隠しとなる。

「これでやっと楽しめそうだな」
「そうね。流石ルルーシュ」

スザクも突然消えた視線に驚きが隠せないようで、暫くきょろきょろ視線をさまよわせた後、ルルーシュを見た。

「何で?どうしてだ?どうして皆気付かないんだ?」

さっきと何も変わらないはずなのに。
スザクは一人解っていないらしく、そう尋ねてきた。

「ルルーシュの作戦勝ちよ。三人とも獣の耳があって、神様がつけないようなお面も付けて、しかも男一人に女二人。これじゃわかんないわよね」
「・・・僕は男だ。だが、この髪飾りと浴衣の柄が目隠しになるなら安い物だ」

女装しているという事実は否定したいが、それだけで奇異な目が消えたなら別にいいと口にすると、ルルーシュは気になっていたのだろう、苺飴の袋を取り、口に入れた。
普段であれば立ち食いなど行儀が悪いと怒るルルーシュだが、縁日では立ち食いするものだと玉城が力説したから抵抗なく食べれるらしい。
私も林檎飴の袋を取り、かぶりつく。
硬い飴が歯にかちりと当たった。

「硬っ。でも甘くて美味しい」

お祭り限定の食べ物はなぜか美味しく感じる。
自宅で作ったりお祭り以外で食べても美味しくはないのに。
食べ歩き始めた私達に倣う様にスザクも林檎飴を口にする。

「あ、リンゴだ。リンゴの形の飴じゃないんだな」

流石狼。
一口でしっかりとリンゴまでかぶりつき、しゃくしゃくと音を立てて咀嚼している。

「こっちも普通に苺だ。なぜ飴で周りを固めるんだろうな?スザク、この苺をあげるからリンゴを一口くれないか?」
「ん?いいぞ?でも苺は好きなんだろ?俺はいいから全部食べろよ」
「これからどうせ食べ歩くんだろう?なら僕は一口でいい。でなければお腹がいっぱいになってしまう」

初めての日本のお祭りだ。
縁日の出店も当然初めて。
出来る事なら全部口にしたい。
私たちに比べ小食なルルーシュだ。
その意見に納得し、スザクは残った苺を食べ、ルルーシュはリンゴを一口食べた。

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